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福井鉄道160形電車

概要

160形は元々、1933(昭和8)年の福井市内軌道線の開通に合わせて製造されたもので、小型電車デハ20形として2両が運行していました。1947(昭和47)年にはモハ60形と改称されました。

しかし、1948(昭和23)年6月28日に起こった福井大地震による震災で、うち1両(61号)が福井駅前で被災しました。火災によって車体のほとんどが焼け落ちてしまいました。

その中でも、台車やモータ部分は辛うじて残ったため、新たな車体を乗せるなどの修理を経て、復活しました。この出来事から、60形61号は「震災電車」 として復興のシンボルとなりました。

震災から20年後の1968(昭和43年)には、もう1両との連接車に改造され、160形と変更されました。これにより、震災電車の車番は161-2号と変更されました。

改造後は、鯖江~織田間の鯖浦線(せいほせん)で運行していました。しかし、1973(昭和48)年に同線は廃止となり、この電車がさよなら運転に使用されました。

鯖浦線廃止後は福武線に復帰したものの、車両が小さいため、神明~福井市内を運行する臨時列車として使用されることがほとんどでした。1997(平成9)年9月15日の運用離脱まで64年間運行されました。

そのうち、震災電車である161-2号については、保存の要望が強く、翌1998年3月12日に福井市下馬中央公園に設置されました。この保存に当たっては、連接部分に運転台が復元されるなどの改造が行われました。またもう1両、161-1号についても、越前市の個人に引き取られ、旧南越線村国駅跡にて保存されています。

福井市は、空襲、震災を短期間で受けていながらも、その後の都市開発などにより、当時の様子を伝える建造物がほとんど残されていません。その中で、震災電車は数少ない歴史資料としての価値があるといえるでしょう。

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写真

※車番は廃車時のものに基づいています。

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経歴

出来事
1933(昭和8)年福武電気鉄道市内線デハ20形21~24号
1947(昭和22)年モハ60形へ改称(61~64号)
1948(昭和23)年6月28日福井大地震による震災により、61号が福井駅前で被災
1967(昭和42)年鉄道線運行に進出
1968(昭和43年)モハ61と62を連接化し、福井鉄道160形と改称、鯖浦線の車両となる
  • モハ61 → モハ161-2
  • モハ62 → モハ161-1
1971(昭和46)年63号廃車
1972(昭和47)年64号廃車
1973(昭和48)年鯖浦線廃止となり、さよなら運転を務める
以後は神明~福井市内を運行する臨時列車として使用される
1985(昭和60)年ワンマン化改造
1997(平成9)年9月15日運用離脱
1998(平成10)年3月12日震災電車である161-2号が福井市下馬中央公園に設置、保存される
-161-1号についても越前市の個人に引き取られ、南越線村国駅跡地にて保存

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主要諸元

車両番号竣工年車両長[mm]車両高[mm]車両幅[mm]自重[t]定員(席)[人]
モハ161-11933110004265274014.775(24)
モハ161-21933110004070274014.775(24)

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