鯖江歴史街道

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誠照寺

江戸時代建造の誠照寺四足門(しそくもん)

誠照寺(じょうしょうじ)は、浄土真宗誠照寺派の本山です(別名:鯖江本山)。山号は上野山(うわのさん)であり、合わせて上野山誠照寺と呼びます。

歴史

誠照寺は、鎌倉時代の1208(承元2)年、親鸞が流罪によって越後へ送られる途中、越前上野ヶ原の豪族・波多野景之の別邸で説法をしたことに始まります。親鸞が説法を行った茶寮は、越後へ送られる際の輿車に由来して「車の道場」(上野別堂:日の出町に現存)と称されました。

1321(元応3)年、手狭となった車の道場から、景之の寄進によって現在地に移り、後二条天皇より真照寺の寺号を下賜されました。寺の境内敷地は約1万坪あった(現在はその約7分の1)といわれています。この頃から寺の周辺には門前町が形成され、現在の鯖江の基礎となったといいます。なお室町時代の1437(永享9)年に、後花園天皇の勅願を受け現在の寺号になったとされています。

戦国時代(15~16世紀)に入ると、石山本願寺と対立し、一向一揆によって寺は一時衰退しました。安土桃山時代の1575(天正3)年、織田信長の軍勢によって越前の一向一揆が平定され、柴田勝家が北庄(福井)に入るとその保護を受けました。しかし、1583(天正11)年の賤ヶ岳の戦いで寺が勝家方についたため、勝家追討における羽柴秀吉の兵火を被り、破却されました。江戸時代の1693年(元禄6)には天台宗(江戸・寛永寺)の傘下に入ったものの、公家の二条家を猶子家とする格式を得て門跡寺院の寺格を得るなどし、復興しました。1878(明治11)年、真宗誠照寺派として独立し、同派の本山となりました。

越前四箇本山

なお、誠照寺は、以下に示す越前四箇本山(えちぜんしかほんざん)のひとつとなっています。

誠照寺(じょうしょうじ)
浄土真宗誠照寺派本山。鯖江市本町3丁目。
證誠寺(しょうじょうじ)
浄土真宗山元派本山。鯖江市横越町。
専照寺(せんしょうじ)
浄土真宗三門徒派本山。福井市みのり2丁目。
毫摂寺(ごうしょうじ)
浄土真宗出雲路派本山。越前市清水頭町。

誠市・ご縁市

誠照寺では、2005(平成17)年10月9日から「誠市(まこといち)」が月1回(3~12月の第2日曜)開催されています。誠市では骨董品をはじめとして、地物の野菜、食品の露店も並びます。

また、誠照寺に隣接する商店街では、2008(平成20)年3月9日から2016(平成28)年3月13日まで、誠市の開催日と同じ日に「ご縁市」が開催され、商店街を会場として「五」にちなんだ様々な品物・食品の販売、ゲームなどが催されました。なおご縁市は、学生や団体の宣伝・活動の場としても活用され、まさに「ご縁」の場となっていました。

地図

関連サイト

公式・観光など

鯖江市内指定・登録文化財(鯖江市Webサイト)